遠くまで、いこう
2008 / 09 / 07 ( Sun )
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大人になると1年という時間は、
感覚的には本当に
あっという間の出来事ですよね。




でも最近、




「そういえば去年の夏前に
パソコンがぶっ壊れたんだよな」とか、
「ああ、○○さんと会ったのは
去年の秋のことかあ、、、」
なんて感じで思い返してみると、
それら一つ一つの出来事自体は
なんだかとてつもなく
昔のことのように思えます。




たぶん




それが1年であったとしても
あるいはわずか1日であったとしても、
それだけぼくたちは
さまざまな経験を積み重ね、
日々のほんの小さな一歩が
いつの間にか、膨大な足跡となっている
ということなのでしょう。




それならば、




ふと振り返ったときに
案外遠くに来たな、、、と思えるような
そんな豊かな年輪を
ぼくたちは重ねていきたい。




あるいはそんな足跡の重みを
充実感のある手応えとして
感じる日々でありたい。




そんなことを感じたとき
それがたとえ無駄に思えるくらいの
小さな小さな一歩であったとしても、
常になにかを踏み出しているような、
そんな1日1日でありたいな、、、
ということを改めて思いました。




思いがけずに
遠くに来ている
「明日」を信じてね。




そんなあなたの一歩が
どうか今日も守られますように。




そう、




ぼくたちは
もっと遠くまで、
いけるよ。
09 : 26 : 09 | ライフスキル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
かみ合わない会話
2008 / 09 / 06 ( Sat )
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たとえばあなたが誰かから
「リンゴとバナナのどっちが食べたい?」
と聞かれたとして、
「バナナ」って答えるとする。




するとその人はこういうわけだ。




「え? バナナ?
それはあり得ないっしょ。
リンゴでしょ、普通」




あなたはどう思うかな?




たぶん




なら、聞くなよ −−;




って、思うわな(笑)




リンゴとバナナについて尋ねておいて、
実際の選択肢を与えない会話はナンセンスだ。




けれど、もしかしたらぼくたちは
そんな選択肢のない会話を
多くしがちなのかもしれない。




ネット上の論争にしても、
会社での会議にしても、
話はしていても、
自分の結論は常に決まっている。




つまり「リンゴ」か
「バナナ」かだ。




結論が決まっているから、
相手の「バナナ」は目に入らないし、
自分の「リンゴ」を押し付けることばかりに
熱心になってしまう。




永遠にかみ合わない会話とは、
まさにこのような構図なのだよね。




コミュニケーションというものは、
結論を持たない、
少なくとも自分なりの結論を持ってはいても、
その場では一度その結論を捨てて臨むということだと思う。




それは自分の「リンゴ」の話をする場ではなく、
相手の「バナナ」について、
あるいはぼくたちの想像もつかないような
未知のなにかについて耳を傾ける場なのだよね。




あなたは誰かに
「リンゴ」の押し売りを
していないだろうか?




お互いがお互いの果物にこだわっている限り、
たとえば「グレープフルーツ」という第三のアイディアは
絶対に生まれてこない。




コミュニケーションとは
相手のバナナを奪い取る行為ではなく、
場合によってはグレープフルーツやらキウイという
新たな可能性を生み出すための行為なのだよね。




そのことをぼくたちは
いつだって心にとめておきたいと思うよ。
09 : 50 : 26 | コミュニケーション | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
受け渡す
2008 / 09 / 04 ( Thu )
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前回の記事では「余白」という
キーワードが登場しましたね。




「余白」。。。




でも、たいていの場合、
ぼくたちはそんな「余白」を作ることよりも
「増やす」ことに対してばかり意識がいってしまう。




もちろん、ぼくだって、
売上が上がると
やっぱりうれしいわけだ。




頑張った自分へのご褒美とかいっちゃって、
「しめしめ、今月はこれでなにを買おうかな」
なんて、心のなかで考えていたりして(笑)




そんなおれに、




「ちょ〜〜〜と待った!」




と、いいたいのだよね。





ぼくたちにとって
本当に大切なことって、
なんなのだろう?




あるいは
ぼくたちにとって、
より難しいことってさ、
いったいなに?




それはなにかを
手に入れることよりも、
なにかを手放すこと
なのではないかと思う。




たとえていえば、
それは今自分の手のなかにあるものを
いかに相手に「受け渡していくか」…
ということなのかもしれない。




一かけらしかない最後のパンを
隣人に与えるのは
しばしば貧しい人々だったりするよね。




受け渡すことは
いつだって
ちょっとばかり
根性がいる。




それは多かれ少なかれ
自分の身を「削る」
という行為だからだ。




バーネットの小説「小公女」のなかで、
主人公の少女が自分より貧しい女の子に
ようやく手に入れたパンを与えるシーン。




自らも空腹に悩む
少女のパンを渡す手は
さすがに震えてしまう。




でも、そこに「余白」ができれば、
必ずその空いた場所は
誰かの手によって埋められていくのだよね。




モノは思ったほどには、
ぼくたちを笑顔や幸せには
してくれない。




現実の世界では
素直でよい人ほど、
「よい人になれない」自分に
葛藤したりするのだけど。




でも、それでいいんだと思う。




少なくともぼくは
そんな風に葛藤する
あなたのことが好きだ。




無理なんかしなくてもいい。




ただ、ほんのちょっとだけね、
これならあげられるというものを
分け与えていくことができたら、
それでいいのだとぼくは思うよ。




それは
才能かもしれないし、
パンかもしれない。




どちらにしても、増やすことに
夢中になる人生よりも
そんな人生のほうが結局は
多くのものを手にしているような気がする。




たとえぼくたちが
完璧な「よい人」に
なれなくたって、
それでいい。




完璧な人生なんて
もともと存在しないし、
そんな不完全なぼくたちは
励まし支えあいながら、
ちょっとずつ階段を上って行こう。




そして、ちょっとだけ
余分に笑顔になれたら、
それでいいのさ!
11 : 59 : 22 | ライフスキル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
減る
2008 / 09 / 03 ( Wed )
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受験生に「落ちる」、
「滑る」という言葉が禁句なように、




「(仕事が)減る」ってことは
ぼくも含めて自分で事業を
している人にとっては、
禁句に近い言葉かもしれない(笑)




ただ、現実的には
受験生は滑るし、
猿も木から落ちる。




仕事ってのも、
常に増えたり
減ったりするもんだ。




だから、そんなときの
考え方というものを
考察してみたって、
別に損はないと思うのだよね。




なにはともあれ、
仕事が減ると
気分はとてもブルーだ。




もうこの世の終わり
なんじゃないかとすら思う。。。 
(え? マジで?!)




ただ、一方で、




仕事が減ったということは
そこに新しい仕事が入る「余地」が
できたということでもあるよね。




ここはちょっと考慮すべき
とても大きなポイント
なのではないかと思うよ。




「減ったのではなく、
新しい顧客との出会いが待っている」




ね?




そう考えてみると
なんだか気分が
前向きになってこない?




「次はどんな顧客に会いにいこうか?」




「せっかくの機会だから、
ターゲットをもっと絞ってしまおう!」




なんてね。




仕事に限らず
友人にしても
愛にしても
それは減ったのではなく、
「余白ができた」ということであって、
ぼくたちはそんな「余白」こそを、
楽しむ人生でありたいわけね。




「余白」はいつだって、
そんなあなたの可能性を大きく広げていく。




手に入れることや、
塗りつぶすことだけが
人生じゃないよ。




愛するあなたの今日が
そんな素敵な「余白」とともにある
1日でありますように。
10 : 52 : 19 | コーチング | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
乗ってみる 〜根幹 その3〜
2008 / 09 / 02 ( Tue )
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今日は前回からの続き、
つまりは「ノリ」」を決めてみよう
ということでございますね。




ざくっと前回の状況を振り返るならば、
暫定的な「ノリ」を決めると、
頭にタンコブができると、、、
ま、こういうわけなのでございますが。




でね。
問題はその後で。




壁に当たり始めたら、
自然にいろんなことを
考えるようになるよね。




ここが「暫定的な」ノリを決めた後の
まさにハイライトになる部分だと思います。




すなわち。




考えるなかで
雨に濡れたなら、
レインコートを羽織るとか、
路地に阻まれたら
違う道を調べ直すとか、
さまざまな対応を取るうちに、
その姿勢は洗練され、
いつのまにかあなただけの
「乗り物=ノリ」になっていくわけだ。




だからね。




それが暫定的なものであろうとなかろうと、
大事なことはいったんノリを決めたなら、
そこにきちんと「乗ってみる」ということだと思うよ。




自分はどんな仕事をするのかとか、
人に対してどう接するのかとか、
物事の判断基準をどこに置くのかとか。。。




それは必ずしも正しい選択とは限らないだろうけど、
1年、2年と続けていくうちに、
必ずその「ノリ」はあなたにいろんなことを教えてくれる。




つまり、




最初はそれがあなたに
合っているかどうかということよりも、
なんでもいいから1つの姿勢で
一度自分を固めてみるということが、重要なんだ。




それがバイクでも自転車でもかまわない。
たまたま目の前にあったものでも、
なんとなくよさそうだと思ったものでも、
とにかく乗ってごらんよ。




「乗せられた」のではなく、
「意識的」に
その乗り物を
選択することで、
必ずその乗り物は
あなたになにかの景色を
見せてくれるはずだからね。




というわけで、
「ノリ」についてのお話は
ひとまずこんなところでございます。




ではまた。
08 : 58 : 42 | 価値 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
固める 〜根幹 その2〜
2008 / 09 / 01 ( Mon )
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驚いたことに、
なんと今日から9月でございますよ。


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前回の記事では
まあ、乱暴にいえば、
自らの生きる姿勢を
決めてみようという
お話をしたのだよね。




そこで今日は前回の予告通り、
実際にどうしたらいいのかって
ことなのだけど、




では、いったんさ、
なんとなくでもいいから、
自分はこの「ノリ」かな、、、
という暫定的なものを
決めてみたらどうかなと思うわけだ。




そして、その日から
とりあえずその姿勢で
生きてみるのね。




え、なんだって?




頬に当たる風の感じが違う?
なんだか生まれ変わったようにさわやか、、、だ?




・・・・・・な〜んて、
わけはないわな。




実際には
むしろいろんな壁に
ぶち当たるようになる。




そう、




「決める」ってことは、
簡単には「逃げられない」ってことだ。




だから、あなたは今までスルーしていた
壁にぶちあたってしまうようになるわけね。




オートバイに乗ったら、
頬に当たる風は心地よくても、
雨に濡れるようになるよね。




反対に車に乗ったら、
雨に濡れることはなくても、
狭い路地には入れない。




「決める」ってことは
そういうことだ。




しかし、そんな風にあなたが
あなたの周りを取り囲む壁に
コツンコツンと頭をぶつけ始めたなら、
少なくともあなたはいま、
自分の姿勢を決めているということになる。




おめでとう!




これはまぎれもなく
1つ目の進歩だよね。




頭にタンコブを作りながら、
この調子でいこう。




というわけで、
頭にタンコブ作った続きは、
また次回(笑)
10 : 10 : 45 | 価値 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
根幹
2008 / 08 / 31 ( Sun )
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世の中にはいわゆる
「コーチ」という職業があって、
それは一般的にビジネスコーチとか
ライフコーチとか呼ばれているわけだ。




で、ぼく自身はどうかなって考えてみると、
ぼくは結局、誰かが
「自らの生きる姿勢を決める」
ために存在しているのだと思う。




ぼくがコーチであるかどうかは
誰かが決めることだろうし、
(認定コーチの資格にしたって、
要するに誰かが決めた基準を
満たしたということだ)
ぼくにはわからないけれど、
そこだけはどうやら事実らしい。




つまりぼくは自分の仕事が
コーチであるかどうかということよりも、
このこと自体を決めたのだよね。




ところで




「自らの生きる姿勢を決める」ということは、
結構、根幹的な問いだ。




組織も人間も「生き物」だから、
その根本部分を整えようとするとき、
企業や個人ということにかかわらず
ぼくにお声がかかるのだろうと思う。




そして、それは
おそらくトライする
価値のあるものだ。




人の価値は頭の良さとか
運動神経ではなくて、
ここが「決まっている」かどうかで左右される。




もちろん、人は生きている限り
迷い続けるものなのだけど。




しかし、しばしば人は
その迷う基準すら
持てないことがある。



だからね。




ほんの少しの間だけでも、
自分はどういうノリで生きてきたのか、
あるいはこれからどういうノリで生きていきたいのか、
ということを考えてみない?




頭を向ける方向さえ
決めることができたなら、
自ずと未来は開けていくはずだ。




え?
でも、どうすれば
いいかわからない?




う〜ん。
そうだなあ。




それでは、次回、
もう少しこの辺りを
掘り下げてみましょうね。

11 : 32 : 59 | 価値 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
不完全
2008 / 08 / 30 ( Sat )
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ぼくたちはなにをやってもどんなときにも
自分を責めてしまうことがある。




あれが足りない、
これも足りないってね、




だけど。




未来や結果というものは
だれの目にも見えないものだ。




ということは、




ぼくたちは与えられた範囲で
あるいは自分たちの目に見えた精一杯の範囲で
ベストを尽くせればそれでいいんじゃない?




そして、その結果に対して、
たとえそれがどんなものであろうとも
とりあえずOKサインを出してみない?




人は不完全だからこそ人であり、
不完全だからこそ
ぼくたちには未来があるんだということ。




完全の先には
もはやなんの成長も
ないのだよね。




不完全さとは
まさに未来への
パスポートだ。




だから、そのがっくりと
落とした肩を
もう一度持ち上げて。



ぼくたちは大手を振って
今日も不完全な1日を送ろう。
10 : 38 : 01 | ライフスキル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
勝負球
2008 / 08 / 29 ( Fri )
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オリンピックでも
今回で最後の競技となる
野球の試合が
行われていたけれど、




どんなに技巧派のピッチャーであっても、
打者に対して投げる球の基本となるのは、
変化球ではなくてストレートなのだよね。




ストレートがどれくらい走っているか、
あるいは変化球によって、
ストレートがどれくらい走っているように
みせられるかということが
投球の組み立てにおいては
もっとも重要になるわけだ。




極論をいってしまえば、
ストレートが投げられない
ピッチャーはピッチャーじゃない。




さて。




ぼくたちは自分たちのキャリアに自信がなかったり、
あるいは自分たちの事業規模が小さいと
どうしても真正面からぶつかることを避けて、
小細工に走ることが多い。




それは戦術としては
もちろん「あり」だ。




ただし。




ぼくたちは野球のピッチャーと同じように、
どんなときにも自分たちのストレートというものを
持っていなければいけないと思うのね。




順番はいつだって
まず、ストレートを磨きあげて、
そこからの変化球だ。




でも、実際のぼくたちはどうも、
最初からストレートを投げる努力自体を放棄して、
変化球に頼ろうとしてしまうことがある。




勉強も仕事も、さ。




全力で投げるストレートは
確かに疲れるし
根性もいるかもしれない。




しかし、だからこそ、
そこには意味があるのだよね。




勝負球はいつだって
渾身の力を込めたストレート。




だからぼくたちは、
最後には自信を持って投げ込める
このボールこそを磨きあげよう。




最初から楽をすることばかりを考えていたら、
自分より大きな相手には絶対に敵いやしないよ。




変化球は楽をするためじゃない。
最後のストレート勝負のためにある。




あなたは最近、
キャッチャーミットめがけて
ズドンとストレートを投げ込んでいるかな。




ぼくたちは自分を卑下することも恥じることもない。
自分なりのストレートを持っていればそれでいいんだ。




あなたのそんな渾身の力を込めた
ボールをぼくは見てみたいと思うよ。




ぼくたちはぼくたち自身の
「ストレート」というものを
しっかりと見極めていこうね。
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宝物
2008 / 08 / 28 ( Thu )
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人はいろんな宝物を持って生まれてくる。
それも想像以上にたくさんの宝物を持ってね。




うん、ほんとだよ。




それはもしかしたら、
美しさであったり
勤勉さであったり
人を愛する心であったり
あるいはそのすべてかもしれない。




もちろん、ぼくたちが
その生まれ持った宝物を
存分に発揮できれば、
それはとても素晴らしいことだ。



そして、そんな宝物で
すてきに光り輝くあなたの姿を
ぼくは見てみたいとも思う。




でもね。




一方でぼくは
こうも思うんだな。




「人は宝の持ち腐れをする権利もある」と。




宝物を使う以上に、
人生にはもっと
大切なことがあってね。




それはあなたの笑顔だ。




もしもあなたがそのことで
笑顔になれないなら、
あなたの持っている才能を
使いきれなくたって、
別にいいじゃないか。




そんなことで
自分を追い込むことはないよ。




あなたはあなたなりのペースで
幸せに生きていければそれでいいんだ。




いまは遠くにいるあなたの旅路が、
どうか今日も守られていますように。
あなたの一日がどうかおだやかな
笑顔とともにありますように。




ダメだっていい。
恰好悪くたっていい。




あなたはあなたであるというだけで、
すでにもう十分すばらしい存在なんだよ。
07 : 36 : 03 | あなたへのメッセージ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
評論家
2008 / 08 / 26 ( Tue )
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辛口の評論家の存在ってのは、
無意味ではないとぼくは思う。




ただ、ぼくたちは物事の結果に対して
やたらと口をはさみたくなることがあるのだけど、
物事には必ず当事者にしかわからない事情とか、
苦しさというものがあると思うのだよね。




辛口であればあるほど、
そんな事情を汲み取り、
そして、なによりもその人たちへの
愛が必要とされるような気がする。




ぼくたちの目的は
相手をつぶしたり、
追い詰めることではない。




ぼくたちの言動は
常に相手を育てるためにあるわけで、
もし、それが原因で相手をつぶしてしまうなら、
それは暴力以外のなにものでもなくなってしまう。




誰かに対して、
いわれのない
暴力を振るう権利は、
ぼくたちにはない。




だからこそ、ぼくたちは
相手に厳しく接するときほど、
相手に対する大きな愛と、
はるか先まで見通す、
広い視点を持っていたいのだよね。




みんなそれなりに
必死なんだということ。




少なくともそれだけは
間違いのないことだとぼくは思うよ。
09 : 45 : 15 | コミュニケーション | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「信頼」の壁
2008 / 08 / 25 ( Mon )
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今日も涼しい朝、
そして、雨模様の朝でございます。
8月は終盤だけれども、
秋雨の季節にはなんだか少し早いような。


ワタクシはだんだんと洗濯物のたまり具合が
心配になってまいりました。
みなさまはいかがでございましょうか??


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さて、ある人がぼくに向かって、
「大切なものは信頼だ」といったのです。
その人の話に相槌を打ちながら、
でも一方で、その「信頼」って
いったいどこから生まれてくるんだろうと思ったのですね。




それは言い方を変えれば、
ぼくたちはいったいどこまで、
自分の言葉に対して
説得力のある行動をしているだろうか?
、、、ということでもあるのだけど。




とはいうものの。




実際に「信頼」を口にする人が、
まるっきり人を信じていないように見えたとしても、
ぼくはなんだかその人を責める気持ちにはなれません。




いってみれば「信頼」って、
相手に向かって
無防備なお腹を見せるような、
結構、度胸のいる行為だと思う。




ぼくはそんな相手に向かって、
「では、お腹を見せなさい」とは
どうしてもいえないのだよね。




それならば自分のお腹を
先に見せるべきなのだろう。




お腹を見せられない相手には、
お腹を見せられない事情が
あるのだろうと思います。




それは、恐れかもしれないし、
相手を軽蔑しているからかもしれない。
あるいはぼくのことを
お腹を見せるに足る相手だと
判断していないからなのかもしれない。




あなたにとっての
「信頼」の定義とは
なんですか?




約束を守るという行為?
有言実行?
口の堅さ?
尊敬をこめた言葉づかい?
相手に対して配慮する姿勢?




あるいはお互いの
「信頼」を妨げているものは?




男女の壁?
年齢差?
恐れやライバル心?
相手を出し抜こうとする行為?




どちらにしても、
ぼくたちは「無意識」のうちに
相手に対してお腹を出すことばかりを
要求してしまっているのかもしれませんね。




ぼくはあなたが誰かに対して
常にお腹を出せる人で
あったらいいとは思わない。




けれども、ぼくたちはいま自分自身が
相手に対してお腹を見せていないということを
少なくとも知っている人間であれたらいいなとは思うよ。




ではまた。
10 : 36 : 15 | ライフスキル | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
雨模様
2008 / 08 / 24 ( Sun )
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雨模様の朝。
しかも昨日今日と、
ちょっと寒いくらいの朝を迎えています。




まだ、8月だというのに、
季節は一足飛びに秋の気配。




なんだかすべてが突然、
足早に遠ざかってしまうような、
そんな季節の変化を前にするとき、




ひょっとすると、あなたのもとには、
なに一つ確かなものも
価値あるものもないような、
あるいはあなたの味方すら、
誰もいないような気分になってしまう
ことがあるかもしれないけれど、




それはまるで温かい
一杯のお茶のように、




どんなときも
どんな瞬間にも、
あなたをとても大切に思っている人が、
この地球のどこかにいることを
決して忘れないでいてね。




あなたは選ばれて
この世に生れてきた人なのだから。




どうかあなたが
あなたという存在を
大切に大切に
抱きしめることが
できますように。




そんな穏やかな
日曜日でありますように。




ゆっくりと丁寧に、
お気に入りの
温かい飲みものを
入れるようにね。
09 : 57 : 59 | ライフスキル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
巨人の国
2008 / 08 / 22 ( Fri )
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今日はなんだか
秋を感じさせるような
涼しい朝となりました。


少しずつ遠のいていく夏の気配には
毎年、ちょっと寂しいような気分にさせられます。


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ところで。




スウィフトの「ガリバー旅行記」で
巨人の国を旅したガリバーは、
美しい女性の肌の荒れや
吹き出物が気になって
仕方がなくなってしまうのですね。




もう、せっかくの美人も台無しだ −−;




なにかが発達すると、
同時になにかほかのものまで
目立ってくるということは
割とよくあることのように思う。




ネットというものが発達した結果、
誰かを寄って集って
袋叩きにする発言も
クローズアップされるのですが、




それは巨人の国の肌荒れのように、
もともと人が持っていたものが、
目立つようになっただけなのかもしれません。




世の中には
それだけ満たされない人が多く、
誰かを傷つけることによって、
その渇きをいやす。




人の汚い部分が
見えやすくなった世の中は、
ひょっとすると、
あまり幸せではないのかもしれませんね。




一方で、ぼく自身、
毎週、誰かのお話に
耳を傾けていると、
多くの人があまりにも
たくさんの傷を抱えていることに
気づきます。




そんなとき思わず、
テクニックとか理屈なんかを抜きにして、
みんな幸せになったらいいのにな、、、
と単純に願ってしまう瞬間がある。




それは別に特別な
感情でもなんでもなくて、
本当は誰でも、
そして、どんなに怒りっぽい人でも、
持っている感覚なのだと思います。




誰かの幸せを願うこと。




このどんな人にも
普遍的に備わっている
センサーを、




そして、もしそんな瞬間を
ぼくたちがもう少しだけ
大切にすることができれば、
なにかが変わっていくかもしれない。




別に神様や
マザーテレサみたいに
ならなくたっていい。




たとえ次の瞬間には、
車を運転しながら、
対向車に向かって
「バカヤロー!」と
叫んでいたとしてもね(笑)




ほんの少しだけ、
誰かの幸せを願うなら、
その分きっと、
誰かがあなたの幸せを
願ってくれるようになるだろう。




誰かになにかを
ぶつけ続けるだけの人生は
あまりにもわびしすぎる。




ぼくたちが巨人の国の
ガリバーだとしても、
ほんの少しなにかを変える瞬間は
やっぱり「いま」しかないのではないかな。
09 : 02 : 57 | ライフスキル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
エネルギーのベクトルを変える
2008 / 08 / 19 ( Tue )
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今年は7月に入ってから
コンスタントにお日さまが降り注ぎ、
何日も熱帯夜が続くような
厳しい暑さが続きましたが、
日曜日の雨をきっかけに
ここ数日は涼しい朝を迎えています。


これからもまた猛暑の日々はあるとは思いますが、
夏の気配はこうして今年も少しずつ遠のいていくのかな、、、
なんてことを思います。


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さて。
お盆も過ぎてみなさまは
いかがお過ごしでしょうか?




ぼく自身は
今年に入ってからこれまで、
新しい出会いや
いくつかの決断、




ちょっとした失敗やら、
傷つくことやら、
うれしいことなど。




そんないろんなことを通して、
自分なりに新しい気づきや、
それなりに成長できた
時間だったと感じます。




たとえば、それが1年前でも
1か月前でもいいのだけど、
自分が以前とは同じ場所には
いないという手ごたえは
結構重要なものだと思う。




仕事というものが
ときに苦しみであるとしたら、
それはそれだけエネルギーを注ぎ込む
価値があるものだからだということですね。




そして、そこに苦しみがあるからこそ
そこには喜びがあり、
たとえようもない
充実があるのだと思います。




ぼくはそんな手ごたえや反省を感じながら、
このあたりでほんの少し
エネルギーの方向性を変えてもいいな
なんてことを思いました。




コーチングという方法論を獲得してからのぼくは
どちらかというと遠い人にも近い人にも、
近寄ってくる人にも離れて行く人にも
同じように意識を向けていたのだけど、




これからしばらくは
よりぼくを必要としてくれる人に
自分の持てるエネルギーを注ぎ込んでいきたい。




なぜなら、そのような人たちの笑顔を
まずぼくはまっさきに見たいと思うからですね。




これはどちらが正解ということではないと思うのですが、
自分のなかの使えるエネルギーというものはやはり限られていますから、
こんな風に自分の力を入れようとする部分を改めて意識したり、
検討し直すということはとても大切なことだとぼくは思います。




あなたはそんなご自身のエネルギーを
そして、ご自身の可能性を
どこに注ぎ込むかということを
決めていらっしゃいますか?




ルーペで太陽光線を集めるように、
1点に集中したあなたのエネルギーは
ちょっと驚くくらいの破壊力を
発揮するに違いないとぼくは思いますよ。




きらきらした夏の太陽のような
あなたの素敵なエネルギーを
どうか存分に注ぎ込んでね。
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「結果」に対処する
2008 / 08 / 18 ( Mon )
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たとえば、
誰かがなにかをしたとき、
第三者からみると
なんでそんなに馬鹿なことを
したのかなと思うことも多いよね。




しかし一方で、




ぼくたち自身が当事者であったらそうであるように、
「そんな馬鹿なこと」をやろうとしてやる人間が
いるわけがないとも思うわけよ。




自分ではなく、
その当事者こそが
その道のプロだということ、




さらにはその当事者が一番
必死だということぐらいは、
当然の事実であって、




たとえ、それがベストな
選択ではなかったとしても、
必ず、そこに至るまでには
それなりの必然性というものがあるわけだ。




どんなときにも汗を流さず
結果だけを見て、
たたく行為ってのは
一番簡単な方法なんだよな。




それをわかったうえで、
ぼくたちは慎重に
発言をする必要があるし、




相手のシチュエーションに対する
想像力というものも常に持っていたい。




また、それらの結果に対するぼくたちの発言は
必ず建設的なものでなければならないとも思う。




馬鹿なことをしようとして
馬鹿なことをやろうとする人間はいないし、
人は常にそれなりに全力を尽くしている。




そして、人の能力は
誰でもそんなに変わらない。




そのことを踏まえたとき、
めちゃくちゃに相手を叩きのめす行為ってのは
なかなかできなくなるとは思わない?




物事にはたぶん、
もうちょっと先がある。




そして、たいていの物事には
必ずそれなりの理由がある。




だからこそ常に
建設的であるということ。




それだけが結果に対する
未来への希望だとぼくは思うよ。




相手を非難したくなるときほど、
ぼくたちは一呼吸を置いて、
より慎重に振る舞いたいのだよね。
08 : 27 : 23 | ライフスキル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
忘却の彼方
2008 / 08 / 16 ( Sat )
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記憶というものは薄れていく。
どうしても薄れていく。




だから、大切なことについて
思い起こす仕掛けというものを、
ぼくたちはいつも持っていなければ
いけないと思う。




のど元を過ぎると、
ぼくたちはどうしても
その熱さを忘れてしまうのだよね。




いまから60年以上前に戦争が終わったとき、
ぼくの祖母は少なくともほっとしていた。




船乗りだった祖父は
もともと無口な人だったけれど、
九死に一生を得たはずの
危険な海での戦闘の様子を
語ることはなかった。




けれども、一度
赤ん坊だったぼくの名前が決まりかけたとき、
滅多なことでは口を出さない祖父が
その名前が戦死した知人のパイロットの名前と
同じだからという理由で強く反対したことがあったらしい。




祖父が戦争にまつわることを口にしたのは
このときぐらいだったかもしれないけれど。




そして、いまぼくたちのほとんどは
戦争を経験していない世代となった。




ここ数年、戦う理由について
愛する人たちの命を
守るためだと表現する人たちがいる。




もし、おまえの恋人や子供、
あるいは両親に銃口が向けられたなら、
おまえだって銃をとるだろ、、、と。




これはとても
わかりやすい表現だと思う。




改めて、ぼくたちはただ平和を願うだけじゃ
いられないことを考えさせられるよね。




ただ、戦争というものは
本当にぼくたちの愛する人たちを
守るのだろうか?




それにしてはあまりにも
たくさんの人の血が
流れすぎるように
ぼくには思える。




結果オーライだったかもしれないとはいえ、
戦争に負けても、
日本という国はいまここにあり、
ぼくたちはそれなりの生活を送ることができている。




祖母のほっとした顔を思うとき、
本当にぼくたちの取るべき道は
あの道しかなかったのだろうか
ということを思うのだよね。




なにかの出来事に対して、
ぼくは安易に否定をしたり、
解答を求めようとは思わない。




当時の選択は緊迫した、
とても難しいものだったはずだ。




けれども、その選択がもたらすであろう結果を
ぼくたちはもう一度じっくりと考えてみることはできると思う。




たとえ、なにかを守るためだったとしても、
あまりにもたくさんの人々が死に過ぎるという状況をね。




そして、それでもぼくたちはなにかを
守ったといえるのかどうかということをね。




精一杯、打開策を練って、
もうこれしかとるべき道はない
ということも確かにあるだろう。




でも、「これしかとるべき道」がなくなったときは、
もうその時点で「負けた」ということなんだと思う。




ぼくの祖父母が亡くなって、久しい。




そして、ほぼオリンピック一色に染め上げられた
昨日8月15日のテレビ欄を見て
ぼくはなんとなく複雑な気持ちにとらわれるのだよね。




本当の熱さを経験していない人間が、
あるいは熱さを忘れてしまった人間が
また火傷をするのだとぼくは思うよ。




美しい名目は
誰の手でも
掲げやすい。




しかし、それを掲げた手は
本当に熱いということを
少なくともぼくたちは
もう少し理解しておく必要が
あるかもしれない。




勇ましいことをいう人々に限って、
いざとなったらまっさきに
いなくなってしまうものだから。
10 : 45 : 40 | ライフスキル | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
聖職と使命の関係
2008 / 08 / 15 ( Fri )
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聖職ってのは
実際にはキリスト教における
聖務を務める人々のことを
指すらしいんだけど




それとは別に世の中には
俗に聖職といわれるような仕事があり、
そして、ぼくもその職業のことを
聖職だなと思うものがある。




お医者さんとか
学校の先生とかが
それだね。




ぼくがいかに
自分の職業に対して
使命感と力を注いでいようとも、
これらの職業の重要性は
やはり別格なものだと思う。




昔から人々は
これらの職業に就いた
人々のことを
大きな尊敬を持って
見つめてきた。




なぜか?




それは教師も医者も
究極的には
人の命を扱う仕事
だからだと思う。




医者は文字通り
「生命」を扱い、
教師は人がはじめて
人らしく歩むための
「知恵」を扱う。




人間のもっとも根源的な部分に
触れることを許された
これらの職業に対して、
人は尊敬の念をこめて
「聖職」と呼んだのだろう。




そして、この重い職業は
恐ろしく明確な使命感を
自覚される仕事でもある。




それはまさに
「人の命を救う」
「人の将来を拓く」
という圧倒的な使命感だ。




この使命感こそが
重い責任と同時に
仕事に対する手ごたえであり、




どうやら人はこの
「使命」に支えられるとき、
誘惑を遠ざけ、よりよい仕事、
より充実した人生を
送ることができるらしいのだよね。




逆に人が使命を見失うとき、
人は大きくその職業の本質から
逸脱してしまうということでもある。




逆にここまで
考えてみて思うことは、
「使命」とは
まさに仕事に対する原動力であり、




したがって、どうやら「使命」とは
医師や教師という職責だけに
要求されるものではなく、
実際には誰の人生や仕事にも
必要なものらしいということだ。




「あなたの使命は?」と
尋ねられて迷いのない言葉を
返すことができる人々が
いったいどれくらいいるだろう。




あるいは、
ぼくたちは毎日の
仕事に向かうときや、
自分の家庭を守るとき
その「使命」をどのくらい
自覚しているだろうか、、、ということだよね。




使命はあなたの人生に
より高い純度と
より高い満足感を導き出す。




駅前のチラシ配りだって、
ぼくたちは「使命」を持って
できるはずなのだよね。




そして使命を感じるからこそ、
ぼくたちはより高い次元に
上って行こうと思うことができる。




「あなたの『使命』はなにかな?」




今日のぼくはこんなことを
改めて尋ねてみたいと思うよ。
10 : 26 : 31 | 価値 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「大変でしょ?」 〜我々はどんな言葉を選択するか〜
2008 / 08 / 13 ( Wed )
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著名な演出家であるN氏が
ある日、タクシーに乗ったとき、
運転手さんとこんな会話になったんだって。




運転手 「お客さん、仕事はなにしてるの?」




N氏 「あ、ちょっと劇団を・・・」




運転手 「劇団〜?! そりゃ、大変だねえ」




世の中にはまあ、
食えない職業と
認知されているものがあって。




ま、要するに劇団員とかさ。




とはいえ、なにごとにも
例外ってのはあるわけで、
N氏の年収は
そのタクシー運ちゃんの
軽く数倍はあろうと
思われるんだけど。




しかし、そういう職業に
就いている人を目の前にすると、
ぼくたちはつい 「大変でしょ?」とか
いっちゃうわけだ。




ときには
そこはかとない
「上から目線」でさ。




そういえば、
ぼくもたまに同業者と会うと、
ぼくの姿と名刺を
しげしげと見比べた彼らは、
こんなことをいう。




「パーソナルですか。
それは大変でしょう?」




い、、、いや。
余計なお世話だから(笑)




でもさ。




最近ちょっと気づいたんだけど、
口で「大変でしょう?」という人に限って、
実際になにかをしてくれたことってないんだよね。




まあ、そうかといって、
別になにかをしてくれることを
期待してるわけじゃないんだけどさ。




たぶん、芝居をやっている人たちも、
「大変でしょう?」といった相手が、
実際にチケットを買って
芝居を見に来てくれたことって
あまりないのではないかと思う。




むしろ、
サポートしてくれる
人ってのは無言だ。




ぼくが以前、絵描きの真似事みたいなことをしてたとき
お世話になってた写真屋のおじさんは
いつも現像代をちょっとだけサービスしてくれた。




ぼくが記録用に撮影したフィルムを持って店にいくと、
おじさんは「いいねえ、やってるねえ」というだけで、
絶対に「大変でしょ?」なんてことはいわないわけだ。




でね。




振り返ってみたいのは、
ぼくたちは相手に対して、
普段どういう言動を
選択しているか
ということなのだよね。




ぼくたち自身も含めて
「大変でしょう?」と人がいうとき、
それはなにを意味しているのだろう。




むろん、そこに悪気はないだろう。




けれども、言葉というものは、
発せられた瞬間に
特定の力を持つものでもある。




ちなみにその後ロンドンに国費留学したN氏は、
もちろんイギリスでもタクシーに乗ったわけだけど、
彼の地での運転手との会話はこんな感じになったそうだよ。




運転手 「仕事はなんだい?」




N氏 「芝居をやってます」




運転手 「芝居〜?! そりゃあ凄い!   
      あんたは本当に素晴らしい仕事をしているな!」




カルチャーというものも含めて
この差は結構デカいんじゃないかとぼくは思うよ。




ぼくたちは自分自身の発する言葉に対して、
もう少し敏感になってもいいかもしれない。
08 : 40 : 19 | 「枠」を突破する発想の源を探る | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
一瞬の光のために
2008 / 08 / 12 ( Tue )
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実は今日、
時間の合間を縫って、
必死こいて洗濯したんだけどさあ、
一向に重く垂れこめた雲が取れないのだよね。


ねえ、今日って
このまま晴れないわけ??


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と、本日は冒頭から
あまりにもローカルかつ
ドメスティックなネタで
大変申し訳ございません。




ところで、




北京オリンピックってやつが
はじまっておりますね。




昨日は偶然、男子百メートル平泳ぎ決勝の様子を
見ることができたのだけど、
北島康介選手には本当にしびれました。




スタート前、入れ込みすぎかと思うほど、
気合いを入れた彼の左胸は赤くはれ上がり、
しかし、水に飛び込んだ瞬間、
彼は驚くほど冷静なレース運びを見せる。




そして、世界記録での優勝と試合後の涙。




う〜ん。
なかなかできねえよなあ。




スポーツは感動だけでなく
様々なことをぼくたちに
教えてくれるのだけど、




それはスポーツというものが
人の生き様や本質を




数分からときには
わずか数秒という
短い時間に凝縮して
ぼくたちの目の前に
提供してくれるからだと思う。




4年に一度しかやってこない
オリンピックというイベントを
目の当たりにするとき、
おそらく人々はその思いを新たにするのだよね。




夏はちょうど
セミの鳴く季節でもある。




彼らは何年も土の中ですごし、
地上に出ていられる時間は
わずか数週間でしかない。




そのわずかな時間を
彼らは命の限りに
鳴くのだよね。




オリンピック選手もセミも
そんな一瞬の光のために
長い雌伏の時間を耐え、
全力を尽くすところが
なんだか似ていると思う。




そして、翻ってぼくたちは
彼らのように精一杯日々を
生きているだろうかと思うわけだね。




大した努力もせず、
評価されない現状に、
ただ腐ってはいないだろうか。




あるいは、脚光を浴びた瞬間、
ただの天狗になってはいないだろうか。




ほんの一瞬、光輝く時間のために、
人は膨大な時間を
費やさなければいけないという事実。




表面に現れる時間は
ほんの一瞬かもしれない。




しかし、ぼくたちは
その時間のために
全力を尽くそう。




そして、長い土の中での生活を経て、
地面に顔を出したなら、
自分の持てる力を振り絞って、
精一杯、輝いていよう。




腐らないこと。
そして、全力を尽くすこと。




そのための今日という
時間を過ごすために、
ぼくたちはそんな
一瞬に賭ける者たちの姿から
学ぶのかもしれないよね。




まさに一瞬の光のために。




そう、そのためには
洗濯物の心配をしている
場合なんかじゃないのだ。。。(!)




では、今日はこの辺で。
10 : 25 : 59 | ライフスキル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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